産経新聞大阪夕刊に「あなたの日本語大丈夫?」というタイトルで1年半にわたり掲載されたコラムの中からいくつかご紹介します。日々、若い人たちと話したり電車の中で見かけたりすることの中から、ことばにまつわることを、あれこれ思いつくままに書いたものですが、そんな中に話しことばの酸いも甘いも・・・が息づいているのではないかとも思うのです。
特集: あなたの日本語大丈夫?
2016年9月 1日
これは、ある年の5月、西宮市の苦楽園にある堀江オルゴール博物館に行った時の話です。オーナーの堀江光男さんという方が長年かけて世界中から集めた360余りのオルゴールが、3階までの館内に所狭しと並べられていました。どれもいわくつきの名品ばかりです。
「こちらは、帝政ロシアの最後の皇帝、ニコライ二世が、10歳のお誕生日に父君から贈られたもの。そしてその隣はニコライ二世が愛妻に贈ったもので125の曲が聴けます。セーブル焼きの磁器で飾られた黒檀のケースに収められたとても美しいものです」
白い手袋をして、オルゴールを操作しながら説明するお嬢さんの話しっぷりが誠に素晴らしく感心してしまいました。にこやかな笑顔で、ゆっくりと落ちついた話し方で、時折エピソードやユーモラスも交え、とてもよくわかるように説明してくださいました。
あんまり上手で感じが良かったので「プロの方ですか」とお尋ねしたら「いいえ」とのこと。でも彼女はきっとこのオルゴールたちに深い愛情を持っているのでしょう。彼女の目にはたくさんの人にこのオルゴールのことを伝えたいという熱意が満ちていました。満場のお客さまも、彼女の話に耳を傾け、オルゴールのやさしい音色を楽しんでいるようでした。
その日はたまたま、北海道からオルガン職人の谷目基(たにめ・もとき)さんという方が来ていらっしゃいました。彼の作った、からくり人形を仕込んだオルゴールが2台、この博物館に納められているのです。「からくり人形の素晴らしい技術を、なんとか次の時代にも残したい、と思って頑張っています」。とつとつした口調で、はにかみながら話すその姿は、メルヘンチックな作風そのままに、素朴で真摯で、5月の風のようにさわやかでした。
「話す」ということについて、いつも考えている私ですが、このお二人の話をききながら、ことばは人柄を映す鏡だ、とつくづく思ったのでした。
話すための知識や技術は、もちろん必要ですが、それ以上に、ほんとうに伝えたいことがある、ということが大切です。自然体で自分らしく、誠実に話す、それは日々の生活の中でいつも自分を見つめていないとできないことかもしれません。